ピカソやブラックが生み出したキュビズムは、それまでの「目に見える通りに描く」という美術の常識を根底から覆した革命的なスタイルです。一見するとバラバラに解体されたパズルのように見えますが、そこには緻密な計算と深い観察眼が隠されています。この記事では、キュビズムの描き方の核心に迫り、その仕組みや具体的な表現技術を分かりやすく解説します。この記事を読み終える頃には、難解に見えた現代アートの扉が開き、あなた自身の表現の幅が大きく広がっているはずです。
キュビズムの描き方とは多視点を用いる表現法
多角的な視点で対象を観察する手法
キュビズムの最も基礎となる考え方は、一つの視点に縛られないことです。通常の絵画は、カメラのシャッターを切るように「ある一瞬、ある一点」からの景色を切り取ります。しかし、私たちの脳は、対象を立体として認識する際、無意識のうちに回り込んだり、角度を変えたりして情報を補完しています。キュビズムはこの脳の働きをキャンバス上で再現しようと試みます。
例えば、目の前にある一個のリンゴを描くとしましょう。普通なら、自分から見えている赤い皮の部分だけを描きます。しかし、多角的な視点を用いる手法では、リンゴを真上から見た丸い形、真横から見た軸の傾き、さらには裏側の隠れた部分までも、同時に一つの画面に収めようとします。これは「対象のすべてを知っている」という知識を絵にする作業とも言えます。
実際にこの手法を試す際は、まずモチーフの周りを歩き回ってみてください。右から見たときと左から見たときで、輪郭線がどう変化するかをメモするようにスケッチします。一つの視点では捉えきれない「物の存在感」を、複数のスケッチを組み合わせることで表現していくのが、キュビズム的な観察の第一歩となります。このプロセスを経ることで、絵画は単なる写実を超え、対象の本質に一歩近づくことができるのです。
面を細かく分解して再構成する技術
多角的に観察した情報を画面に定着させるために使われるのが、面を分解して再構成する技術です。これは、対象を薄いガラス板のような「面」の集合体として捉える考え方です。一度バラバラに壊したモチーフのパーツを、作家の意図に基づいて新しく組み立て直す作業と言い換えても良いでしょう。この技術により、絵画は現実の模倣から解放され、独自の構造を持つようになります。
具体的な手順としては、まずモチーフを構成する主要なラインを見つけ出し、それを境界線として面を切り分けていきます。例えば、人間の顔であれば、鼻の側面、頬のふくらみ、おでこの平らな部分などを、それぞれ独立した小さな面として扱います。そして、それらの面を少しずつ重ね合わせたり、わざと隙間を空けたりしながら配置していきます。このとき、奥行きを表現するための重なりではなく、パズルのピースを並べるような感覚を持つことが大切です。
この再構成において重要なのは、単にランダムに並べるのではなく、画面全体にリズムを作ることです。ある面は大きく、ある面は細かく分割することで、視線の誘導が生まれます。読者の皆さんも、もし自分で描くなら、まずはシンプルな静物から始めてみてください。コップをいくつかの平面に分解し、それを画面上で少しずつずらして配置するだけで、驚くほどキュビズムらしい独特の緊張感が生まれることに気づくはずです。
幾何学的な形へ置き換える分析作業
キュビズムの「キュブ(立方体)」という言葉の由来にもなったのが、対象を幾何学的な形へ置き換える分析作業です。自然界にある複雑な曲線や曖昧な形を、円柱、球、円錐といった単純な図形の組み合わせとして解釈します。これは、ポール・セザンヌが提唱した「自然を円筒、球、円錐によって扱う」という考え方をさらに推し進めたものです。この分析によって、絵画はより知的で構造的な強さを持つようになります。
例えば、人間の腕を描くとき、筋肉の細かな凹凸を追うのではなく、一つの円柱として捉えます。頭部は球体、胴体は大きな立方体といった具合です。このように形を単純化することで、モチーフの持つボリューム感や重量感を強調することができます。また、幾何学的な形に直すことで、異なる物体同士の共通点が見えやすくなり、画面全体の構成がしやすくなるというメリットもあります。
この分析作業を行う際は、目を細めてモチーフを見てみてください。細かいディテールが消え、大きなシルエットが見えてくるはずです。そのシルエットの中に、どんな四角や三角が隠れているかを探します。ギターであれば、ボディは円の重なり、ネックは細長い長方形として抽出できます。このように、複雑な世界をシンプルな図形の秩序で捉え直すことが、キュビズムにおける「知的な美しさ」の源泉となります。
時間の経過を一枚の絵に込める試み
キュビズムの描き方が画期的だった理由の一つに、時間の概念を絵画に持ち込んだことが挙げられます。従来の絵画は「静止した時間」を描くものでしたが、キュビズムは「流れる時間」を一枚のキャンバスに封じ込めようとしました。人間が対象を観察するとき、視点は常に動いており、情報の蓄積には必ず時間がかかります。その「見るプロセス」そのものを描こうとしたのです。
具体的には、モデルが少し顔を動かした瞬間の残像や、自分が歩きながら見た景色の移り変わりを、一つの画面に共存させます。右を向いた顔と左を向いた顔が重なっているのは、決して怪物を描いているわけではなく、モデルが動いた時間の経過や、描き手が視点を移動させた結果を表現しています。これにより、絵画は二次元の平面でありながら、四次元的な広がりを持つようになります。
この時間の表現を実践するには、モチーフを数分間じっくり眺めた後、目をつぶってその残像を描き出すような感覚が必要です。あるいは、朝の光で見たモチーフと、夕方の光で見たモチーフを混ぜて描いてみるのも面白いでしょう。時間の流れを重層的に重ねることで、絵には深みとダイナミズムが宿ります。それは、一瞬の記録である写真には決して真似できない、絵画ならではの豊かな表現手法なのです。
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キュビズムの描き方を構成する仕組みと工程
モチーフを幾何学形へ解体する手順
キュビズムの制作プロセスにおいて、最初のステップは「解体」です。しかし、これは単に形を壊すことではありません。モチーフが持っている構造の本質を理解するために、要素を整理する作業です。何を捨てて何を残すか、その選択が作品の個性を決定づけます。まずは身近な果物や瓶など、単純な形のものをモデルに選ぶのがおすすめです。
解体の手順としては、まず対象の輪郭を観察し、それを直線や鋭い曲線に置き換えていきます。例えば、丸い花瓶をあえて多角形の集合として捉え直してみるのです。次に、光の当たり方に注目します。光が当たっている面と影になっている面の境界線をはっきりと描き、それぞれを独立した図形として切り出します。このとき、影も一つの「形」として扱うのがポイントです。影を単なる暗がりではなく、キャンバスを構成する重要なパーツとして認識します。
この作業を進めると、元のモチーフの姿は徐々に失われていきますが、代わりに画面上には力強い図形の重なりが現れます。大切なのは「本質的な特徴」を逃さないことです。ワインボトルの首の細さや、楽器の弦の直線など、そのモチーフを象徴する要素は解体した後も記号的に残しておくことで、何を描いたかが伝わりやすくなります。この「壊しながら守る」という絶妙なバランスが、キュビズムの面白さでもあります。
異なる角度の面を一つに配置する仕組み
バラバラにした面をどのように配置するか、ここがキュビズムの腕の見せ所です。基本的な仕組みは、一つの物体を構成する「表・裏・上・下」といった異なる角度からの情報を、同じ平面上に並べることにあります。これを「同時性」と呼びます。この配置によって、鑑賞者は絵の前で立ち止まりながら、あたかも物体の周囲を回っているかのような視覚体験をすることになります。
配置のコツは、面と面を完全に重ねるのではなく、少しずつ「ずらす」ことです。例えば、顔を描く際に、正面を向いた目と横を向いた鼻を隣り合わせに配置します。さらに、その背後に後頭部のラインを忍ばせることもあります。これらは解剖学的には不自然ですが、画面構成としては非常にダイナミックなリズムを生みます。面が重なり合う部分は、透明なレイヤーが重なっているかのように、下の面が透けて見えるような処理をすることもあります。
また、配置する際には「ネガティブスペース(空白部分)」も意識しましょう。モチーフのパーツの間に生まれる背景の形も、幾何学的な面として扱い、モチーフの一部と絡み合わせるように配置します。こうすることで、物体と背景の境界が曖昧になり、画面全体が一つの強固な構造体へと進化します。このパズルのような配置作業を通じて、私たちは「見る」という行為の複雑さを再発見していくことになるのです。
遠近法を無視した平面的な構成方法
ルネサンス以来、西洋絵画の主流だった「一点透視図法(遠近法)」をあえて無視するのがキュビズムの大きな特徴です。遠近法は、平らなキャンバスの上に窓があるかのような錯覚(奥行き)を作る技術ですが、キュビズムは「キャンバスはどこまで行っても平らな面である」という事実に誠実であろうとしました。そのため、遠くのものを小さく描くというルールを捨て、すべての要素を画面の表面に引き寄せます。
平面的な構成を作るためには、影の使い方を変える必要があります。従来の絵画では、影は物体に立体感を与えるために使われましたが、キュビズムでは影も一つの「面」として扱われ、むしろ奥行きを打ち消すために使われることがあります。また、面の端をグラデーションにすることで、隣り合う面と溶け込ませ、どこが前でどこが後ろか分からないような「空間の揺らぎ」を作り出します。これを「パッサージュ」と呼びます。
この平面的構成によって、絵画は現実世界の窓ではなく、自立した「装飾的な壁面」のような美しさを手に入れます。読者の皆さんも、遠近法を忘れて、すべてのパーツを手の届く範囲にあるかのように描いてみてください。奥行きを意識せず、上下左右のバランスだけで画面を構成していくと、デザイン性の高い現代的な作品に仕上がります。それは、三次元の世界を二次元に翻訳する、高度に知的な遊びでもあるのです。
色彩を限定して形を際立たせる工夫
初期のキュビズム、特に「分析的キュビズム」と呼ばれる時期の作品を見ると、色が非常に地味であることに気づくでしょう。茶色、灰色、黄土色といった彩度の低い色が中心です。これには明確な理由があります。鮮やかな色を使いすぎると、見る人の意識が「色」に奪われてしまい、最も重要な「形や構造」の探求が疎かになってしまうからです。形を強調するために、あえて色彩を封印したのです。
色彩を限定することで、面の重なりや線の交差がより明快になります。また、限られた色数の中で明度(明るさ)の差を細かく使い分けることにより、色彩の豊かさとは別の「光の豊かさ」を表現することができます。例えば、同じ茶色でも、薄いベージュから深い黒に近い茶色までを使い分けることで、画面に複雑な陰影とリズムを与えることが可能になります。これは、デッサンにおける鉛筆の濃淡の表現に近い感覚かもしれません。
もしあなたがキュビズムに挑戦するなら、最初はパレットに乗せる色を3色程度に絞ってみることをお勧めします。例えば「セピア、グレー、白」だけで描いてみてください。色に頼れない分、面の切り方や構成の工夫に集中せざるを得なくなります。そこで培った「形の構成力」は、後に鮮やかな色を使った際にも、作品の土台を支える強力な武器になります。色彩を抑えることは、表現の幅を狭めることではなく、本質を際立たせるための戦略的な選択なのです。
キュビズムの描き方で得られる独自のメリット
物体の本質を深く捉える観察力の向上
キュビズムの描き方を学ぶ最大のメリットは、表面的な「見え」に騙されない、深い観察力が身につくことです。私たちは普段、物を「名前」で見てしまいがちです。「これはコップだ」と思った瞬間に、観察をやめてしまいます。しかし、キュビズムはコップを単なる既製品としてではなく、光と面、曲線と直線が複雑に絡み合った「現象」として捉え直すことを要求します。
このプロセスを繰り返すと、日常の何気ない風景が宝の山に見えてきます。テーブルに置かれたスプーン一つをとっても、そこに映り込む歪んだ景色、金属の冷たい質感、影が作る不思議な幾何学形など、無限の情報が隠れていることに気づくでしょう。キュビズムは「見る」という行為を能動的な探検に変えてくれます。この鋭い観察力は、絵画制作だけでなく、デザインや写真、さらにはビジネスにおける問題発見など、あらゆる分野で役立つ普遍的なスキルとなります。
具体的には、スケッチの習慣が変わります。単に形を写し取るのではなく、「この物の構造はどうなっているのか?」という問いを持ちながら描くようになります。物体の裏側を想像し、重なり合うパーツの関係性を紐解いていく作業は、まるで知的なパズルを解くような快感をもたらします。観察を深めることで、世界はより解像度高く、そして美しく私たちの前に現れるようになるのです。
常識に縛られない自由な発想力の育成
キュビズムは「絵はこう描くべきだ」という固定観念を打ち砕く絶好のトレーニングになります。現実の世界では、一つの顔に目が三つあったり、鼻が横を向いていたりすることはありません。しかし、アートの世界ではそれが許されるどころか、新しい真実を伝えるための強力な手段になります。この「ルールを自分で作り直す」経験が、柔軟な発想力を育てます。
「見える通りに描かなくていい」という許可を自分に出すことは、意外と難しいものです。私たちは教育の過程で、無意識のうちに正解を求める癖がついているからです。キュビズムの描き方を実践することは、その殻を破る行為です。顔を半分に割ってみる、背景と人物の色を混ぜてみる、重力を無視して物を配置してみる。こうした実験的な試みを通じて、自分の内側にある「表現のタブー」を一つずつ取り除いていくことができます。
この自由な発想は、創作の行き詰まりを感じている人にとって強力な突破口になります。行き詰まったときは、あえてキュビズム的に画面をバラバラにしてみてください。すると、思いもよらなかった形同士の出会いや、新しい色の響き合いが発見できるはずです。常識という枠の外に出る勇気を与えてくれること。それこそが、キュビズムという手法が持つ、時代を超えた魅力と言えるでしょう。
画面構成のバランス感覚を養う効果
キュビズムの作品は、具象的なモチーフを扱いながらも、その本質は「抽象的な構成」にあります。バラバラになった面や線をどのように配置すれば、画面全体が安定し、かつ魅力的に見えるか。これを追求する過程で、究極のバランス感覚が養われます。これはデザインにおけるレイアウトの基本とも共通する、非常に実用的なメリットです。
奥行きという便利な道具を使えない制限の中で、色の濃淡、線の太さ、面の大きさを調整しながら、視線を誘導する仕組みを作らなければなりません。例えば、左側に複雑な面が密集しているなら、右側には大きな余白を置いてバランスを取る、といった判断を瞬時に行うようになります。この試行錯誤は、グラフィックデザインやインテリア、さらには資料作成におけるレイアウト構成など、美しさと機能性が求められる場面で大いに活用できます。
キュビズムの練習をするときは、キャンバスを上下逆さまにしたり、遠くから眺めたりして、モチーフが何であるか分からない状態でも「絵として成立しているか」を確認してみてください。形が崩れていても、色と形の配置(コンポジション)が優れていれば、絵は力強いエネルギーを放ちます。この「抽象的な美の骨組み」を見極める力こそが、あなたの作品の質を一段階引き上げる鍵となるのです。
新しい美の基準を発見する感動体験
多くの人は、整った顔立ちや美しい風景を「美しい」と感じます。しかし、キュビズムは、歪んだ形や不協和音のような構成の中にも、新しい種類の美しさが存在することを教えてくれます。それは「調和」の美ではなく、「構造」や「力学」の美しさです。この新しい美の基準を手に入れることは、人生において大きな感動体験となります。
最初は「変な絵」だと思っていたものが、仕組みを理解し、自分でも描いてみるうちに、何物にも代えがたい「必然性のある形」に見えてくる瞬間があります。バラバラの面が、ある一点でピタリと結びつき、独自の宇宙を作り上げていることに気づいたとき、世界の見え方は一変します。それは、表面的な綺麗さだけを追い求める視点から、物事の深みや複雑さを愛でる視点へと、感性がアップデートされる瞬間でもあります。
この「新しい美の発見」は、自己肯定感にもつながります。自分の欠点だと思っていた部分も、キュビズムの視点で見れば、個性的で力強い「面」の一つに過ぎないかもしれません。完璧であることよりも、構造的で誠実であることに価値を見出すキュビズムの哲学は、表現者としてのあなたの心に、深い充足感をもたらしてくれるはずです。新しいメガネをかけるように、キュビズムの視点で世界を覗いてみませんか。
| 項目名 | 具体的な説明・値 |
|---|---|
| 同時性 | 異なる視点(正面、側面など)を同一画面に配置すること |
| パッサージュ | 面と面の境界をぼかし、物体と背景を融合させる技法 |
| 幾何学的分析 | モチーフを立方体、円錐、球などの基本形に解体する工程 |
| 限定的色彩 | 構造を際立たせるため、茶や灰色など彩度を抑えた配色 |
| 再構成 | 分解したパーツを、画家の主観的な秩序で組み立て直す作業 |
キュビズムの描き方で意識すべき注意点と課題
形を崩しすぎて対象が不明瞭になる点
キュビズムの表現で最も陥りやすい罠は、対象を解体しすぎて、何を描いているのか全く分からなくなってしまうことです。もちろん抽象画として描くならそれも一つの正解ですが、キュビズムの本来の目的は「対象の本質をよりリアルに描くこと」にあります。完全にモチーフが消失してしまい、単なる幾何学模様になってしまうと、キュビズム特有の「現実との緊張感」が失われてしまいます。
これを防ぐためには、画面の中にいくつか「手がかり(ヒント)」を残しておくことが重要です。これを専門用語で「属性の記号」と呼んだりします。例えば、人物を描くなら目や耳の形を一部だけ写実的に残す、ギターを描くなら特徴的なサウンドホールや弦のラインを強調する、といった具合です。鑑賞者が「あ、これはバイオリンかな?」と想像できる余地を残すことで、絵の中に物語と深みが生まれます。
また、制作の途中で何度もモチーフに立ち返ることも大切です。頭の中だけで形をいじくり回していると、記号化が進みすぎて生気のない画面になりがちです。目の前にある物の質感や、その物が放つ独特のオーラを、どうすれば面の重なりで表現できるか。その「物との対話」を忘れないようにしましょう。崩すこと自体を目的にせず、伝えるための手段として崩す、という意識を持つことが成功の秘訣です。
画面全体の統一感を保つことの難しさ
多様な視点や断片的な面を詰め込むキュビズムは、一歩間違えると画面がバラバラに散らばった印象を与えてしまいます。それぞれのパーツが勝手な方向に主張し始めると、鑑賞者の視線はどこに落ち着けばよいか分からず、ただのノイズになってしまいます。多くの要素を扱いながらも、それらを一つの「作品」として束ねる統一感が不可欠です。
統一感を出すための有効な手段は、共通のルール(トーン)を設けることです。例えば、直線の角度を一定の範囲に絞る、使う色の範囲をパレットの中で限定する、あるいは筆致(タッチ)を画面全体で統一するといった方法があります。ピカソの初期作品が茶褐色に統一されているのも、バラバラになりがちな形を「色」という接着剤でつなぎ止めるための知恵でした。
さらに、画面の中に「中心(フォーカス)」を作ることも意識してください。すべてを同じ密度で描き込むのではなく、一番見せたい部分には細かい面を集め、周辺部は大きな面でゆったりと構成するなど、密度の強弱をつけることで画面に秩序が生まれます。多様性と統一性のバランスを取ることは非常に高度な作業ですが、これがうまく決まった時の画面の強さは、キュビズムならではの醍醐味と言えるでしょう。
単なるパズル作業に陥りやすい落とし穴
キュビズムの理論を理解しすぎると、制作が「公式に当てはめるだけの作業」になってしまうことがあります。「ここを割って、あそこを重ねて、色を地味にすれば完成」というマニュアル的なアプローチでは、作品から魂が抜け落ち、冷たいデザイン画のようになってしまいます。手法が目的化してしまうのは、表現者にとって最も警戒すべき状態です。
キュビズムは、画家が対象に対して感じた「驚き」や「発見」を形にするための手段です。なぜわざわざ形を壊すのか? それは、そうしなければ捉えられない「美」がそこにあるからです。例えば、愛する人の顔を描くとき、一つの視点ではその人の多面的な魅力を描ききれないと感じる。その切実な思いが、キュビズムという手法を選ばせるのです。テクニックに溺れるのではなく、常に自分の「衝動」がどこにあるかを確認してください。
パズル作業にならないためには、偶然性を味方につけるのも良い方法です。あらかじめ完璧な設計図を描くのではなく、描きながら生まれる偶然の線の重なりや、予期せぬ色の混ざり合いを積極的に受け入れてみましょう。計算された構造の中に、計算できない「生の呼吸」が混じり合うことで、作品は初めて芸術としての生命を宿すことになります。頭で描くのではなく、心で対象を捉える姿勢を忘れないでください。
鑑賞者に意図が伝わりにくい表現の壁
キュビズムは、見る側にも一定の読解力や知識を求める「難しい」表現でもあります。自分では完璧に構成したつもりでも、他人から見れば「ただ壊れた絵」に見えてしまうことは珍しくありません。自己満足で終わるのではなく、いかにして自分の意図を鑑賞者の脳に届けるか、というコミュニケーションの視点も、この表現スタイルには求められます。
一つの解決策は、タイトルを工夫することです。ピカソの「マ・ジョリ(私の可愛い人)」のように、タイトルがモチーフを暗示することで、鑑賞者はそのヒントを頼りに絵を読み解くことができます。また、コラージュ(新聞紙や壁紙を貼る技法)を取り入れるのも有効です。現実の一部が直接絵に貼り付けられていることで、抽象的な画面と現実世界がリンクし、鑑賞者が入り込むための入り口(フック)になります。
また、あまりにも複雑にしすぎないことも大切です。初心者のうちは、解体する要素を欲張らず、一つの大きなアイデア(例えば「上と横の合体」など)に絞って表現してみるのが良いでしょう。表現の壁を感じたときは、独りよがりになっていないか、画面の中に鑑賞者を迎え入れる「親切さ」があるかを問い直してみてください。難解な手法だからこそ、相手に伝えようとする真摯な姿勢が、作品に説得力を与えるのです。
キュビズムの本質を正しく理解して表現を楽しもう
キュビズムの描き方について、その定義から仕組み、メリット、そして注意点まで詳しく見てきました。いかがでしたでしょうか。キュビズムとは、単に形をバラバラにするテクニックではなく、世界をより誠実に、より深く捉えようとする「誠実な眼差し」そのものであることが伝われば幸いです。
私たちは普段、目に見える世界を「当たり前のもの」として受け入れています。しかし、キュビズムの視点を通せば、一つのコップ、一人の友人の顔、そして窓から見える何気ない景色さえも、無限の面と光、そして時間の重なりが織りなす奇跡的な構造体に見えてきます。この新しい視点は、あなたの芸術活動だけでなく、日常のあらゆる瞬間に彩りと驚きを与えてくれるはずです。
描き方に「唯一の正解」はありません。ピカソもブラックも、自分自身の目で世界を再定義しようと格闘し続けました。あなたも、まずは身近なものを一つ選び、それをじっくりと観察することから始めてみてください。完璧に描こうとする必要はありません。線を引くたびに、面を作るたびに、自分だけの「美」の秩序を組み立てていくプロセスを心から楽しんでください。
最初は難しく感じるかもしれませんが、その試行錯誤こそが創造性の源です。失敗を恐れず、常識の枠を飛び出し、あなたにしか見えていない「世界の形」をキャンバスにぶつけてみてください。キュビズムという自由な翼を手に入れたとき、あなたの表現はこれまでにない輝きを放ち始めるでしょう。さあ、鉛筆を手に取って、新しい視覚の冒険へ出かけましょう!
世界70か国で愛されるコピック!
ペンにこだわると、イラストがどんどん上達します。

