アクリル絵の具は、速乾性と発色の良さが魅力の画材です。その中でも「厚塗り」という技法を使うと、油絵のような重厚感や、彫刻のような立体感を表現できます。筆跡をあえて残すことで生まれる躍動感や、光を反射する独特の質感は、作品に深い生命力を吹き込みます。初心者の方でも、コツさえ掴めばダイナミックな表現を楽しめるようになります。厚塗りの基本からおすすめの道具まで、幅広く解説します。
アクリル絵の具の厚塗りは立体感とツヤで表情が変わる
アクリル絵の具の厚塗りは、単に色を置くだけではなく、画面に「物理的な厚み」を持たせる技法です。これにより、照明の当たり方で影ができ、平面の絵が立体的に見えます。また、メディウム(添加剤)を混ぜることで、ガラスのような透明感のある盛り上げや、岩のようなザラザラした質感など、表現の幅が無限に広がります。
厚塗り向きの絵の具と向かない絵の具がある
アクリル絵の具には、大きく分けて「ヘビーボディ(高粘度)」と「ソフトボディ(低粘度)」、そして「フルイド(液体状)」の種類があります。厚塗りには、チューブから出したときに形が崩れない「ヘビーボディ」タイプが最も適しています。このタイプは、筆やナイフでつけた跡がそのままの形で残るため、力強いタッチを表現するのに最適です。
一方で、ソフトボディやフルイドタイプは、サラサラとしていて伸びが良いため、広い面を平らに塗るのには向いていますが、盛り上げる表現には向いていません。無理に厚く塗ろうとしても、乾燥する過程で平らになってしまい、立体感が失われることがあります。厚塗りを中心に制作したい場合は、まず高粘度の絵の具を揃えることが、作業効率と仕上がりの満足度を上げるポイントです。
もし手元に柔らかいタイプの絵の具しかない場合は、後述する盛り上げ用のメディウムを混ぜることで、粘度を調整して厚塗りに対応させることもできます。自分の理想とする表現に合わせて、絵の具の「硬さ」を意識して選んでみてください。
乾燥の速さが重ね塗りのコツになる
アクリル絵の具は、油絵の具と比べて乾燥が非常に早いという特徴があります。これは厚塗りにおいても大きなメリットとなります。油絵の場合は、厚く塗ると中まで乾くのに数週間から数ヶ月かかることがありますが、アクリル絵の具なら数時間から一日程度で表面が固まります。
この速乾性を活かして、下の層が乾いた後にすぐ次の色を重ねることで、色が混ざり合わずにエッジの効いた表現が可能になります。厚塗りは層を積み重ねていく作業ですので、このスピード感こそがアクリル絵の具の最大の武器です。
ただし、乾燥が早すぎるために、画面上で色をゆっくり混ぜ合わせる(ブレンディング)のは少し難しくなります。厚塗りの際は、一気に広い範囲を塗るのではなく、小さなブロックごとに仕上げていくか、乾燥を遅らせる「リターダー」という補助剤を併用すると、思い通りのグラデーションを作りやすくなります。
ひび割れは塗り方と下地で起きやすい
厚塗りに挑戦する際に注意したいのが、乾燥後の「ひび割れ」です。アクリル絵の具は乾燥すると水分が抜けて体積がわずかに減るため、一度に極端に厚く塗りすぎると、表面と内部の乾燥速度の差から亀裂が入ってしまうことがあります。
また、下地の素材が不安定な場合もひび割れの原因になります。例えば、柔らかすぎる紙や、油分が残っている面に厚塗りをすると、絵の具の重さや収縮に下地が耐えられず、剥離や割れが生じます。
これを防ぐためには、一度に全ての厚みを出そうとせず、薄い層を何度か重ねていくのが基本です。また、柔軟性のあるメディウムを混ぜることで、塗膜の耐久性を高めることができます。丈夫な下地を用意し、焦らず段階的に盛り上げていくことが、美しい作品を長持ちさせるための大切なルールです。
筆跡を残すか消すかで仕上がりが変わる
厚塗りの醍醐味の一つは、筆やパレットナイフの跡、つまり「インパスト(盛り上げ)」の表情です。筆跡をあえて残すと、描いた時の勢いや手の動きがダイレクトに伝わり、非常に躍動感のある仕上がりになります。光が当たった時に筆跡に沿って影ができるため、色彩だけでなく影の形でも絵を構成できるようになります。
逆に、厚みは出しつつも表面を滑らかに整えれば、滑らかな立体感を持つ不思議な質感が生まれます。これはパレットナイフで平らに均したり、乾燥後にヤスリで削ったりすることで実現できます。
自分が描きたいモチーフが、荒々しい自然なのか、それとも滑らかな彫刻のような造形なのかによって、この筆跡の扱いを使い分けてみてください。筆跡は「もう一つの色」とも言える重要な要素です。色を選ぶのと同じくらい、どのような質感を残すかにこだわってみると、作品のオリジナリティがぐっと高まります。
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厚塗りがやりやすくなるおすすめ画材
厚塗りを成功させるには、高粘度の絵の具と、それを支える補助剤や道具選びが重要です。2026年現在、プロからアマチュアまで幅広く支持されている信頼性の高いアイテムをご紹介します。
リキテックス ヘビーボディ(Heavy Body)
アクリル絵の具の代名詞とも言えるリキテックス。中でもヘビーボディは、最高水準の顔料濃度と硬さを持ち、厚塗りの定番として君臨しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | チューブから出した形がそのまま残る高粘度 |
| 発色 | 非常に鮮やかで耐光性に優れる |
| おすすめ | 筆跡を強調したい本格的な制作に |
| 公式サイト | リキテックス 公式サイト |
ゴールデン ヘビーボディ アクリリックス
プロフェッショナル向けとして名高いゴールデン。バターのような滑らかな質感でありながら、非常に強い盛り上げが可能な高品質絵の具です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 添加剤を極限まで減らした純度の高い発色 |
| 質感 | 滑らかで操作性が高く、ナイフ捌きが良い |
| おすすめ | プロ志向の繊細かつ力強い表現に |
| 公式サイト | ゴールデン 公式(ターナー色彩) |
ターナー アクリルガッシュ(不透明で重ねやすい)
不透明な質感が特徴のアクリルガッシュ。厚く塗っても下の色が透けにくいため、パキッとしたデザイン的な厚塗りに向いています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 乾くとマット(艶消し)な質感になる |
| 隠蔽力 | 非常に高く、修正や重ね塗りが容易 |
| おすすめ | イラスト調の厚塗りや平面構成に |
| 公式サイト | ターナー色彩 アクリルガッシュ |
モデリングペースト(盛り上げ用メディウム)
絵の具を盛り上げるための石粉が入ったペーストです。絵の具に混ぜることで、キャンバスを彫刻のように盛り上げることができます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 大量に盛っても重くなりすぎず、乾燥後は硬くなる |
| 使い方 | 下地として盛るか、絵の具と混ぜて使用 |
| おすすめ | 岩石のような質感や大きな凹凸を作りたい時に |
| 公式サイト | ホルベイン メディウム一覧 |
ジェルメディウム(ツヤ・透明感の調整)
透明な樹脂のペーストです。絵の具と混ぜると、ツヤを出しながら粘度を高め、透明感のある厚塗りが可能になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 乾燥後は透明になるため、奥が透ける層を作れる |
| 質感 | グロス(ツヤ)やマット(消し)が選べる |
| おすすめ | ガラスのような質感や奥行きを出したい時に |
| 公式サイト | バニーコルアート(リキテックス) |
パレットナイフ(盛りとテクスチャ作り)
筆では難しいエッジの効いた盛り上げや、平らに均す作業に欠かせない道具です。ステンレス製やプラスチック製があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 弾力があり、絵の具を削り取ったり盛り上げたりできる |
| 形状 | 菱形、スクエア型など多彩な表現が可能 |
| おすすめ | 筆跡とは違うシャープなタッチを出したい時に |
| 公式サイト | ターレンス ジャパン |
キャンバスボード(反りにくい支持体)
厚塗りは絵の具の重みがかかるため、丈夫な支持体が必要です。キャンバスボードは芯材が硬いため、厚塗りしても歪みにくいのが特徴です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 木枠キャンバスより安価で、収納もしやすい |
| 強度 | 盛り上げた絵の具の乾燥時の収縮にも耐える |
| おすすめ | 練習から本番まで、厚塗りの土台として |
| 公式サイト | マルマン キャンバスシリーズ |
厚塗りの手順ときれいに盛るテクニック
厚塗りをきれいに仕上げるためには、基礎となる下準備から段階的な重ね塗りまで、正しい手順を踏むことが大切です。特に、土台がしっかりしていないと、せっかく盛り上げた絵の具が後から剥がれてしまうこともあります。ここでは、失敗を防ぎつつ表現力を最大限に引き出すテクニックを解説します。
下地はジェッソで吸い込みを安定させる
厚塗りを始める前に、まずは支持体(キャンバスや板)に「ジェッソ」という下地剤を塗るのが基本です。ジェッソを塗ることで、絵の具の定着が良くなり、支持体が水分を吸い込みすぎるのを防ぐことができます。
特に厚塗りの場合は、絵の具の層が重くなるため、下地との密着性が重要になります。ジェッソに少量のメディウムを混ぜて、あらかじめ少し凹凸をつけておくと、その上に重ねる絵の具がよりしっかりと食い付きます。下地を丁寧に作ることで、完成後のひび割れや剥離のリスクを大幅に減らすことができます。
一度塗ったらしっかりと乾燥させ、必要に応じて2〜3回重ね塗りをしましょう。表面のザラつきが気になる場合は、乾燥後に細かいサンドペーパーで軽く整えると、その後の筆運びがスムーズになります。
最初は薄塗りで色の土台を作る
いきなり最初から厚く盛り上げてしまうと、全体の形や色のバランスを修正するのが難しくなります。まずは、水で適度に薄めた絵の具を使って、画面全体の色の配置を決める「下塗り」から始めましょう。
この段階では、細部を描き込む必要はありません。光の当たる場所、影になる場所をざっくりと塗り分け、大まかな立体感を把握します。下塗りを薄く行うことで、支持体と絵の具の層がしっかり馴染み、その上に重ねる厚い層の「アンカー」としての役割も果たしてくれます。
アクリル絵の具は透明感があるものも多いため、下塗りの色が上の層に微妙に影響を与え、色の深みを生み出す効果もあります。焦らず、まずは薄い層で画面をコントロール下に置くことが、最終的なクオリティを左右します。
盛りたい部分だけメディウムで厚みを出す
画面全体を同じ厚さで塗るのではなく、「特に際立たせたい部分」を意識して盛り上げると、絵にメリハリが生まれます。例えば、手前にあるものや、光が最も強く当たっているハイライト部分を厚く盛ることで、視覚的な遠近感が強調されます。
ここで活躍するのが「モデリングペースト」や「ジェルメディウム」です。これらを絵の具に混ぜることで、絵の具の量を節約しつつ、粘り気を強くしてしっかりとした厚みを作ることができます。モデリングペーストは乾燥すると不透明で石のような質感になり、ジェルメディウムは透明感のあるグミのような質感になります。
パレットナイフを使って、粘土をこねるように絵の具を置いていきましょう。盛り上げた後にナイフをサッと引き抜くと、鋭い角(ツノ)が立ち、力強いタッチが生まれます。自分のイメージに合うメディウムを選び、素材感の違いを楽しむのも厚塗りの醍醐味です。
乾かしながら段階的に重ねると割れにくい
アクリル絵の具で厚みを出す際の最大のコツは、「一度に盛らず、乾いたら重ねる」を繰り返すことです。どんなに高性能なメディウムを使っても、一気に数センチもの厚さを塗ってしまうと、内部の水分が抜けきれず、表面だけが固まってシワが寄ったり、大きなひび割れが起きたりします。
理想的なのは、3mmから5mm程度の厚さを一回の限度とし、完全に乾いてからさらに重ねていく方法です。乾燥を待つ間は別の場所を描くなどして、常に「乾いた土台」の上に新しい層を置くように意識してください。
もし急いで乾燥させたい場合は、ドライヤーの冷風を当てるのも一つの手ですが、温風を近づけすぎると熱で絵の具が変質したり、急激な乾燥で割れたりすることがあるため、注意が必要です。ゆっくりと時間をかけて積み上げた層は、光を複雑に反射し、深みのある重厚な画面を作り出してくれます。
よくある失敗と仕上げの工夫
厚塗りは楽しい技法ですが、特有のトラブルもいくつかあります。「せっかく描いたのに色がくすんでしまった」「乾いたらヒビが入った」という経験をされた方も多いのではないでしょうか。これらの失敗には必ず原因があります。ここではトラブルの解決策と、作品の魅力をさらに引き出す仕上げの方法をお伝えします。
ひび割れは一気に厚く塗りすぎが原因になりやすい
完成した後に絵の具の表面にピキピキと亀裂が入ってしまう「ひび割れ」。これは前述の通り、一度に厚く盛りすぎたことが原因であることがほとんどです。また、水で薄めすぎた絵の具を厚く塗ろうとした場合も、結合力が弱まり、乾燥時の収縮に耐えきれず割れやすくなります。
もしひび割れが起きてしまった場合は、その溝を埋めるように絵の具やメディウムを塗り込み、修正することが可能です。修正した後は再度割れないよう、今度は慎重に乾燥させてください。
予防策としては、厚塗り専用の「ヘビーボディ」を使い、水分を極力減らしてメディウムを活用することです。メディウムに含まれる樹脂成分が、乾燥時の収縮を緩やかにし、塗膜に柔軟性を持たせてくれるため、割れを大幅に防ぐことができます。
ムラは水の入れすぎで起きやすい
「厚塗りなのに色が薄い」「乾いた後に筆跡が透けてムラが見える」という現象は、水の使いすぎが原因です。アクリル絵の具は水で薄めることができますが、厚塗りの際に水を入れすぎると、顔料が均一に分散せず、乾燥後にスカスカした質感になってしまいます。
厚塗りをする時は、筆を洗った後の水分もしっかりタオルで拭き取り、基本的には「絵の具とメディウムの水分だけ」で描く意識を持つと、ムラのない力強い発色が維持できます。
パレット上での混色が足りない場合も、塗った時に色が分離してムラに見えることがあります。パレットナイフを使って、絵の具のダマがなくなるまでしっかりと練り合わせることで、均一で美しい色面を作ることができます。
色がくすむなら乾いた上から重ねるのが安心
厚塗りで色を重ねていくと、だんだんと色が濁って「くすんで」見えることがあります。これは、下の層がまだ半乾きの状態で上の色を重ねてしまい、中で色が中途半端に混ざり合ってしまう「物理的な混色」が原因です。
鮮やかな発色を保ちたい場合は、下の層を完全に乾かしてから次の色を置くのが一番の解決策です。また、透明感のあるメディウムを混ぜて「グレイジング(薄く透ける層を重ねる)」を行うと、光が下の層まで届いて反射するため、直接混色するよりも鮮やかで奥行きのある色を作ることができます。
特に、影の色と明るい光の色を隣り合わせにする場合は、混ざるとグレーっぽくなりやすいため、境界線はしっかりと乾燥を待ってから描き分けるようにしましょう。
仕上げはバーニッシュで保護すると長持ちする
厚塗りの作品は、表面の凹凸が多いため、埃が溜まりやすく、また物理的な衝撃で角が欠けてしまうリスクもあります。作品が完成し、中までしっかり乾いたら(数日は置くのがベスト)、必ず「バーニッシュ(ニス)」で保護を行いましょう。
バーニッシュを塗ることで、画面全体のツヤが統一され、発色が一段と鮮やかになります。また、UVカット効果のあるものを選べば、日光による退色も防ぐことができます。
厚塗りの凹凸にバーニッシュが入り込むように、柔らかい筆で丁寧に塗り広げてください。グロス(ツヤあり)タイプを選べば油絵のような光沢が出て、マット(ツヤ消し)タイプを選べば現代的で落ち着いた印象になります。最後の一手間で、作品の完成度と寿命が大きく変わります。
アクリル絵の具で厚塗りを楽しむためのまとめ
アクリル絵の具の厚塗りは、絵画に「触れられそうな質感」と「豊かな表情」を与えてくれる素晴らしい技法です。速乾性というアクリルならではの特性を味方につけ、メディウムを駆使して自由に盛り上げてみてください。一度に塗りすぎない、下地を大切にする、といった基本さえ守れば、ひび割れを恐れる必要はありません。
筆跡を残してエネルギッシュに描くのも、ナイフで造形的に形を作るのも、すべてはあなたの自由です。最初は小さなキャンバスから、絵の具の「硬さ」や「重み」を感じながら始めてみてはいかがでしょうか。画面から飛び出さんばかりの色彩と立体感に、あなた自身もきっと驚かされるはずです。厚塗りの世界を、ぜひ存分に楽しんでください。
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